2013年05月02日

このお茶がいい!

最近、とてもいいお茶に巡り合いましたわーい(嬉しい顔)

ごぼう茶です。

このお茶を飲むようになってから、冷えも改善するし、お腹の調子もいいし、無駄な脂肪も減ってきたし、肌荒れも改善してきましたグッド(上向き矢印)

こんなにいいことばかり書くとごぼう茶の回し者みたいですね(笑)
私の今の体質と相性が良かったのでしょうね黒ハート

味ですが、最初に飲んだ印象は、「うーん、ごぼうだなあ・・・」でした。
あたりまえですが、ごぼうの香りが強いお茶です。
もちろんノンカフェインなので、妊婦さんも子供も飲めますし、やさしい味なので私は食事の時のお茶としても飲んでいます。

写真はお店で買ったものですが、最初は知り合いの方が作ったものを頂いて飲んでいました。
ごぼうをさかがきにして、天日干しして、フライパンで炒ったらできるそうです。

次は私も手作りしてみたいと思いますぴかぴか(新しい)

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2013年03月04日

掃除

最近、ほうきが好きです。

「ほうき」、と入力したら「放棄」と変換されてしまいましたが、
そうではなく、「箒」。

掃除に使うほうきです。

今まで、掃除機がメインだったのですが、伝統的な掃除道具であるほうきもとてもよいです。

ほうきの良い点は、なんといっても、電気が要りません。
長いコードもありませんし、排気もなく、音もでません。

それから、掃除機では手が届かない狭い場所や上の方のホコリも、ぱっと払えます。

ほうきで掃くとホコリがとぶのがイヤという方もいるかもしれませんが、
私は番茶の出がらしを撒いて、ほうきで掃いています。
そうすると、湿った出がらしにホコリがくっつくので、飛び散りません。

番茶の出がらしがない場合は、古新聞紙を湿らせてちぎって使ってもよいです。

とはいえ、掃除機の吸い取る機能もとても役に立つときがあります。

私がほうきで掃除をしていると、せっかく集めたゴミを子供が散らしてしまいますので、
そういうときは掃除機です。

ホコリがひどすぎる場所にも、やはり掃除機です。

ケースバイケースで使い分けするといいと思います。

しかし同じ掃除するでも、「ほうきで掃く」ことと「掃除機で吸い取る」ことはまったく違う行為だなあと思うことがあります。

掃除機は、なんだか、「ALL or Nothing」で、白か黒か、みたいな世界で、曖昧なところがないような気がします。なんか欧米的です。

ほうきは、最後にちりとりでゴミをすくうとき、どんなにうまくやってもちょびっとゴミが残ってしまうんですが、そこはパッパッとごまかすんですが、そういうところがユルイというか、仏教的な気がします。

あと、「掃き清める」という言葉が表すように、掃くとなんだか清くなっていく気がします。
床もですけど、なんか気持ちもぴかぴか(新しい)

掃除機では不思議とこういう気持ちにはならないんですね〜。
すっきりはしますけどね。

というわけで、最近私はほうき押しです。
掃除機と違って、100均ショップで買えますので、お持ちでない方はぜひわーい(嬉しい顔)
ちなみに私の愛用ほうきも100円です。
屋内掃除用でしたら、先がやわらかめのものがおすすめです手(チョキ)

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皆さんは掃除の際、どんな道具を使いますか?


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2011年12月05日

ファーストフードについて

最近、ファーストフードを食べる機会が多いです。
特にファーストフード好きというわけではなく単に、クーポン券があるから、時間がないから、という理由で食べているのですが、週に2回も食べれば、ちょっと食べすぎかなあ、と思います。
少し、胃もたれしているような気さえします。

先日も、作るのが面倒になり、ドライブスルーのチキンをおかずに夕食にしたのですが、食べながらふと気づいたことがありました。
夕食に鶏肉だけではさみしいので、サラダとおにぎりを作りました。
結局サラダとおにぎりだけで結構お腹いっぱいになって、「ドライブスルーいらなかったな」と話していたのですが、まあせっかく買ったので食べるようかと思いチキンも食べたところ、そこそこお腹がみたされていたはずなのに、もりもりと食べれるのです。

別腹、という言葉があります。
それに近いと思います。

なんというか、ファーストフードはおいしいし、便利で、好き、ではあるのですが、無駄に食欲を増進させるというか、不必要なぶんまでカロリーをとってしまう食べ物だなあと実感しました。

やはり食事は、ちょっとした手間をかけたものの方がおいしく、体にもよいと思います。

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2011年11月06日

片づけについて

私は片づけが大好きです。
部屋が片付いているとすっきりして、とても落ち着きます。
片付いた部屋でコーヒーを飲みながら読書をする、そんな時間は最高に豊かな気分になれます。
だから、片づけるのは苦ではありません。
散らかっている状態の部屋で過ごすことの方が苦しいのです。
普通に生活していると、自然と「ちょっと片づけようか」という気持ちになる時があり、その時にちょこちょこと片づけをするのです。
すでにある程度片付いている部屋のなので大掛かりな片づけは必要ありません。すぐ終わります。
このように私は、片付いた大好きな自分の部屋の中で思い通りの生活をエンジョイしていました。

結婚するまでは。

結婚して二人暮らしになってから、私は変わってしまいました。
部屋が片づけられないのです。というか、部屋の片づけが苦痛になってしまったのです。
私の荷物の一部は放置され続け、いまだに段ボールに梱包された状態のまま、2年半が経ちました。
台所の収納の中も、引き出しの中も、整理しきれないものが雑然と放り込まれています。
私は、引き出しやタンスの中などの見えない場所こそ整理整頓したい人間です。
こんなこと、今までの私ではあり得ないことです。
ほこりや髪の毛などは気になるので、かろうじて掃除機はかけているのですが、物がとっちらかったままを2年以上も放置するなど、本当に自分で驚いています。
今まで自然と訪れていた「片づけをしたいと思える日」が来ません。
たとえ暇な時間があっても、なぜか片づけをすることに気が向きません。
本当に私はどうしちゃったのでしょうか?

私にとって片づけは楽しいことです。
無理矢理「今日は絶対片づける!」と決めることはできたかもしれませんが、その片づけは苦痛以外の何者でもありません。苦痛である片づけなど、したくはありません。
なので、きれいな部屋を紹介しているインテリアの雑誌を買ってみたり、かわいい雑貨を見てみたり、おしゃれな家具屋を覗いてみたり、あるいは片づけ術の本を読んでみたり、気分を上げるようなことをいろいろと試してみました。

しかし、どれも私を片づけに至らせるまでの力はありませんでした。
今現在も、どないしようか、2年半もかかえる悩みの種になっているのです。

↓もはや人が座れない椅子。ドアも殺されている。カバンや衣類が雑然とかけられている。こんなことは過去ありえませんでした。
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ところが最近、とある1冊の本を買いました。
地下鉄の車内広告で見た、100万部(10万部かもしれない、とにかく売れているらしいです)も売れているという片づけの本です。
こんなにも売れているのだから、何かヒントになることがあるかもしれないと思い、すぐさま購入しました。
その本は、今まで読んできたインテリア雑誌や片づけ本のように、写真やイラストなど視覚的に訴えるところはまったくなく、表紙と中表紙以外挿絵のひとつもありません。すべて文字です。
その本は、片づけのHow to本ではなく、片づけにおける心構えを説く本ということでした。
なにせ有名らしいので、知っている方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

実はまだ半分も読んでいません。
ですが、冒頭を少し読んだだけで、いくつも思いあたることがありました。
私がなぜ、こうも片づけられない、片づけに苦痛を感じる人間になってしまったのか。

私は小学生の頃から、自分のものは自分で管理・整理し、片づけていました。
小学生の頃は自分の机を中心に、中学生になると自分の部屋が与えられたので、机を含めて部屋全体を、すべて自分自身で片づけていました。
その延長で、廊下、居間、床の間、台所なども掃除しましたが、自分のスペースほどこまめにはしていなかったと思います。
この「自分のスペース」というのがひとつのポイントでした。私は、「自分のスペース」にあるものはほぼすべて把握できていました。どこに何があるかをです。
なので、自分の所有物については失せ物というものがほとんどありませんでした。
たまに「あれどこいったかな?」というものがあっても、大体この場所を探せばあるとすぐに見当がつき、もしくは、もう捨ててしまったとはっきり言うことができるのです。
一人暮らしをするようになり、「自分のスペース」に食器やら冷蔵庫など、物が増えていってもなお、自分の所有物は大体把握できていました。
私は、どこで知ったのかわかりませんが、物は把握できていれば散らからない、把握できていれば片づけは容易、ということを割と小さいころから知っていました。
そして、自分が把握できるもの、とは、自分が気に入っているものと同じであることも。

それは、その本の冒頭にまさにそのまま書かれていました。私が「気に入っているもの」と言ったものは、その本では「ときめくもの」と表現されていました。
そして私は思い出しました。私は自分の好きな間取りの部屋に、自分の気に入った家具を買い、時には作り、自分の動きやすいようにそれらを配置し、自分の好きな部屋を自分で作って、自分の好きなものたちに囲まれ、その中で生活していたのだということを。
自分の生活にぴったりと沿った完璧な自分仕様の部屋。そんな部屋が片付いていない訳がないのです。

ところが私は結婚しました。同じ家で暮らす人間が、自分以外にもうひとり増えました。
この時点で、「すべての所有物を把握する」ことができなくなりました。
二人分のすべての所有物を把握できるほどの脳のキャパシティは、私にはありません。というか、人が他人のすべてを理解することはできないのと同様に、他人のすべての持ち物を把握するなど不可能にできているのではないのでしょうか。
さらにキッチンの収納には、未使用の食器や、普段あまり出番のない茶器などで、すでにぎっしりの状態でした。その中のいくつかは使わせて頂いておりますが、普段使いの選に漏れたものたちが、把握しきれないのです。
服も靴も食器も二人分、鍋やフライパンも家族用、冷蔵庫も洗濯機も大きめのものと、私の生活の周囲にあるものはガラリと変わりました。
今まで約20年も、一人用の片づけに慣れてきた私の脳は、おそらく戸惑っているのです。

また、この家には、あらかじめ主な家具はそろっていました。
食器棚も食卓もあります。タンスは2つあります。本棚も3つ、大きなデスクもあります。ライトアップピアノなんかもあります。
部屋も3つあります。今までは1部屋だったのに・・・。
1つならできると思います。しかし、3つの部屋の、どこに何を置いたらベストなのかがわかりません。
また、どんな家具を買うのがベストなのかもわかりません。
その結論がでないので、収納棚を買おうかと思っても購入にまで至らず、片付かないままなのです。
そんな状態のまま、2年半が過ぎました。
3部屋のうちの1部屋は、すっかり物置部屋です。日差しも入るのに。片付けたらちゃんとした客間になるのに。

そうです。私は「家」を片づけたことはなかったのです。
私が得意なのは、あくまでパーソナルなスペースである「部屋」の片づけのみ。私が今まで住んだことのある賃貸アパートは、どれも1部屋しかありませんでした。しかもかなり狭い空間でした。
一目で見渡せる広さですから、ものの把握も容易です。
捨てることができない、ということもありませんでした。置くべき場所からあふれてしまったものは、もう要らないものなのだと、とてもシンプルに考えることができていました。ものの要不要の判断がとてもスムーズにできていました。
それが今滞ってしまっているのは、今、家の中にあるものが「私のもの」だけではないということが大きいと思います。
私が即座に判断していいものばかりではないからです。
夫のものを捨てる時は夫の、大きな家具など「みんなのもの」を捨てるときは、家族の同意が必要です。捨てる前にどうしてもワンクッション必要になってきますので、捨てることに多少なりとも面倒くささを感じるようになってしまいます。

そして、ある程度の広さがあることも原因のひとつだろうと思います。
とりあえず置いておけるスペースがあるがために、捨てるか置いておくかの判断を先延ばしにできてしまうのです。
今までの部屋の広さでは、それはできませんでした。捨てるか置くか、即座に判断しなければ、部屋はあっという間に散らかってしまいます。狭いがために、捨てる必要があったのです。
私は本当に思うのですが、家や部屋は広ければいいというものでは絶対にありません。
人にはそれぞれ、その人に適した広さがあるように思います。だからベストな部屋とは、その人や家族にピタリと合う広さの部屋や家なのだと思います。

そしてもうひとつ、別枠で私の片づけ魂を封じるものがあります。
それは、家族の存在。
たとえば一人暮らしで、ひとり、部屋の中にポツンいると、どうしたって「さあ、片づけようか」という気になります。他にやることがありませんから。
家族といると「ひとりでポツン」「やることもない」という時間が減ります。
というか、実質今の私には皆無です。何せ生後7か月の娘のお世話という大仕事があるのです。
子供が生まれる前、夫婦二人家族の時は、確かに一人の時間はあったのですが、その時は、何というか、結婚したことによる心境の変化があったのです。
それは、一人の時間を尊重するよりも、二人でいる時間を大切にしようと思うようになったという変化です。
私にとって片づけとは、一人で、とことん自分自身と向き合う時間でもありました。
しかしせっかく二人になったんだし、そういうのはまあいいか、と思うように、いつの間になってしまっていました。
要するに、片づけの優先順位が、一人暮らしの時よりもドドンと下がってしまったのです・・・。


というように、このベストセラーの片づけ本をちょっと読んだだけで、いろいろと腑に落ちた私なのですが、納得したからといって実際片づけるかというと、それはまた別問題のような気がします・・・ふらふら
ただ、目から鱗が落ちたのは事実で、あんなにできていたことがどうしてできなくなったのだろうというやるせない感情からは解放されました。
それだけでも、この本を買った価値は大いにあったと思います。

この本には、片づけは本来楽しいものである、とありました。私もそう思います。
そういう意味では、我が家にはまだ多くの楽しみが残っているということです。
さて、あとはいつその楽しみを味わうかですが・・・ぴかぴか(新しい)

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2011年10月01日

お茶が好きです。

私はお茶が好きで、よく飲みます。
朝から晩まで、とにかく茶を飲まない日はありません。
西洋のお茶、東洋のお茶、高級茶、日常に飲むお茶、とにかく何でも好きです。
お店に行って珍しいなと思うのもは、とにかく試したくなります。
それくらいお茶が好きなのです。

そこで、私のここ最近のお気に入りのお茶をご紹介したいと思います。

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左から、まずはコーヒーです。
私は割と小さいころからコーヒーが好きで、中学生の頃にはもうブラックで飲んでいました。
今も、一番飲むのはやはりコーヒーです。
ですが、今私が飲んでいるのはカフェインレス。このようなコーヒーがあるのはご存知でしょうか?
カフェインは胎児にあまりいい影響を与えないとのことで、妊娠中からカフェインレスを愛飲しています。今も一応授乳中の身なので、それを考慮しています。
カフェインレスといえど、味はまったくと言っていいほど普通のコーヒーと変わりません。
飲み方は牛乳で割ってカフェオレで飲むことが多いです。次はブラックです。砂糖はよほど疲れているとき以外は入れません。
カフェインレスはスーパーで売っていないことが多く、もっと広まればいいのに、と思います。

ただ、コーヒーは体を冷やすとのことで、本当はあまりたくさん飲むものではないそうなのです。
基本的に暑い国の飲食物は体を冷やし、その逆で寒い国は温めるのだそうです。
でも好きなので、どうしてもたくさん飲んでしまうのですたらーっ(汗)

次に、中央の「はま茶」。
ご存じない方の方が多いと思います。
山陰のお茶で、「カワラケツメイ」という川原に生えている草のお茶です。
他の地方でも違う名前で飲まれているようですね。
番茶の代わりに食事のときに飲みます。夏場は冷やしてがぶがぶ飲んでいます。
幼少時から飲みなれたもので、わざわざ実家に帰ったときに買って帰ります。足りなくなったら送ってもらったりもします。
やっぱり普段飲みのお茶はこれでないと落ち着きません。
どこで売っているのかは・・・うーん、山陰のスーパーには必ず置いてあるのですけど、関西圏ではみたことありません。
関西圏で見かけた方、ぜひご一報ください。

最後に右の、どくだみ茶。
これは、全国どこでもあると思います。
これも、めずらしくはない野草のお茶ですね。
ちょっと癖がある香りと味ですが、嫌いでない方はとてもお勧めです。
その名のとおり、解毒作用があります。特に女性にはいいお茶と聞きます。
疲れた時、体に毒素がたまっているな〜と思うときは、これを飲みます。
ぬるいものを、コップに2、3杯飲めば、次の日はすっきりしています。
煎じ汁はあせもなどにもいいそうですね。

私の体には西洋のお茶より、日本のもの、それも煎茶や玉露みたいないわゆる「日本茶」ではなく、野草や葉っぱのお茶が合うようです。
次はそういったお茶もご紹介したいと思います。

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